おでんに土地の名前が付くこと自体が、よく考えると変な話です。おでんはどこにでもあります。コンビニにもあるし、家でも作る。それなのに金沢のおでんだけが名前を持って独立している。理由は種にあります。
車麩とバイ貝
金沢おでんの説明でまず出てくるのが車麩です。輪切りの麩が出汁を吸って、噛むと汁が出る。麩をおでんに入れる発想は他所にもありますが、定番の顔をして鍋の真ん中にいるのは金沢の特徴です。
もう一つがバイ貝。殻付きのまま煮てあって、爪楊枝で身を回しながら引き出します。この作業に時間がかかるので、バイ貝を頼むと店での滞在時間が延びる。おでん屋の時間の流れに合っている種だと思います。
そして蟹面(かにめん)。香箱蟹の甲羅に、身と内子と外子を詰めて煮たものです。これは十一月から十二月の、香箱蟹が獲れる短い期間しか出ません。値段も他の種と桁が違います。おでんの一品としてこれが並ぶのは、たぶん金沢だけです。
出汁が澄んでいる
食べてまず気づくのは色です。関東のおでんのような濃い色ではなく、汁が澄んでいる。昆布を使った関西寄りの出汁で、種の味を消さない方向に振ってあります。
車麩やバイ貝のように、それ自体に強い味がある種を入れる以上、出汁が主張しすぎると噛み合いません。種の構成と出汁の作り方が、たぶん一緒に決まっていったのだと思います。
通年で食べる
金沢のおでん屋は夏もやっています。おでんが冬の食べものだという前提が、この街では少し緩い。観光で八月に行っても普通に食べられます。
理由をはっきり説明した資料は見つけられませんでしたが、店の数が多くて日常の外食として定着していることと関係がありそうです。冬だけの営業では商売が成り立たない密度で店がある、という順序かもしれません。
店での頼み方
初めてなら、車麩とバイ貝と大根を頼んでおけば形になります。そこに季節のものを一つ。冬なら蟹面、それ以外の時期なら店の人に聞くのが早いです。
おでん屋のカウンターは、鍋を挟んで店の人と向き合う構造になっています。何が入っているかは見れば分かるので、指差して聞けば通じます。金沢のおでん屋は観光客に慣れているので、緊張する必要はありません。
近江町市場の周辺にも片町にも店があって、昼から開いているところもあります。夜の一軒目にするか、歩き疲れた午後に寄るか。個人的には、寒い日の午後三時に入るおでん屋がいちばん良かった記憶があります。